「光をヒントに生きる」

 何でもゼロから始めようとするととても大変でどのようにしたら良いかすらわかりません。しかし、小さなヒントがあるなら、意外にスムーズに進んだり、どのようにしたら良いかの見通しが立ちやすくなるモノですね。i Phoneを使っている時に、思いついた医者の発明です。

 外科医のジョン・ランゲル氏は、ある日の深夜、急患で呼び出された時、眠っている妻を起こさないよう服を探そうと i Phoneのライトをつけると、「腹腔鏡の光と同じくらい明るい」と思い、(訳注:腹腔鏡は腹部の手術に用いる内視鏡の一種)。

そして、大学で担当していたバイオイノベーションのクラスの学生に伝え、携帯電話の部品を使って低価格の腹腔鏡を作り、コストのせいでこの機器を使った低侵襲手術(身体への負担が少ない手術)が利用できない地域に広める事を考えました。

チームが考案した腹腔鏡「ゼノスコープ」の製造コストは1台当たり約85ドルで大きな画像処理システムやビデオスクリーンも必要なく、画像は普通のノート型パソコンやスマホ上で見られ、安定した電力供給がない所でも低侵襲手術を行う事ができるのです。何気ない日常の行動から格安の医療技術が誕生しました。

 このアイデアは i Phoneを使っている人なら、誰でも思いついたわけではないでしょう。i Phoneを懐中電灯代わりに使った人はいるでしょう。しかし、普段から医療に従事して、手術の技術について思いがあるからこそ、このようなアイデアを思いついたのです。

 大切な事は、この小さなi Phoneの光がヒントとなり、新たな発明が生まれた事です。

 イエス様を信じる者も、聖書のみことばの光により、新たな発見をしていく事ができるのです。日常の中であなたがどれぐらいこの明かりをヒントにしようとしているかにかかっています。神様はあなたの毎日をご存じであり、みことばによって教えて下さいます。みことばの光を私たちはどのように使っているでしょう。主の道がそこにあります!ハレルヤ!!

〈詩篇 119 : 105 〉  『あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。』

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「あなたは何を着ていますか?」

 今、アメリカ西海岸でファッションのトレンドは、デザイナーブランドの真っ白なスニーカーです。

サンローラン「Yeah Baby」のコート・クラシック(545ドル)から、トム・フォードの白いパイソン・テニスシューズ(2490ドル)に至るまで、さまざまなスニーカーがあり、スポーツブランドが特別に出している白いバージョンの商品も人気でレトロであればあるほど人気が高いようです。

そして、白い靴ブームの到来に伴い、白い靴を生き返らせる技もブームとなっており、デザイナーのデレク・ラム氏は「『ミスター・クリーン』のスポンジだと(汚れが)良く落ちる」と話し、高級ファッション通販ネッタポルテのファッション担当責任者は、赤ちゃん用おしりふきの使用を勧めます。あるいは、洗剤メーカーのスティック状染み抜き剤、漂白剤や食器用洗剤を使うという方法もあり、白いスニーカーの流行とともに白さを維持するために、どうしたら良いかに注目が集まっています。

 白いスニーカー気持ち良さそうですねそして、白いスニーカーだからこそ、汚れが目立たないように、いつまでも綺麗に使いたいものです。黒やグレーなら、あまり汚れが目だ立ちません。しかし、本来は汚れているのです。ただ気になりにくいだけです。目立たないからないという事にはなりません。汚れのあるなしは、カラーバリエーションとは関係ありませんよね。

皆さん、ご存知の「Oh Happy day」は「Jesus washed (when Jesus washed)」、「Washed my sins away (oh happy day)」と歌いますが、「イエス様がわたしを洗って下さった」、「洗って下さったからわたしは罪を赦された」。だから、Oh Happy dayと歌うのです。

つまり、イエス様を信じる者は罪から洗われて救われた。それでイエス様を信じる者は新しい服を着ているのです。だからこそ、毎日の中でイエス様を信じる人がどのような服を着ているかが大切です。イエス様を信じる者は時に、汚れが気になったり、気にならなかったりするのではないでしょうか。

ですから、イエス様を信じる者が新しく変えられて白い衣を着ているなら、とても汚れが気になり、汚したらそれを綺麗にして欲しいとイエス様に願い、悔い改めますが、古い人の服を着ているなら、あまり汚れが気にならず、これぐらいみんなやっていると汚れていても気にしないのです。

 イエス様を信じる者は新しく変えられました。ここに私たちの毎日の分岐点があります。変えられた者として新しい衣を着ているのか。新しい衣を持っているがクローゼットの中に入れてしまっているのか。あなたは毎日の中で何を着ているでしょうか。

イエス様を信じ新しい衣を受け取ったのですから、この新しい姿で生かされていきましょう!そして、まだ新しい衣を受け取っておられない方は、ぜひ新たな衣を受け取る事をお勧めします!あなたの新しい人生、本当の人生の意味を知る事ができます!!

<ローマ13:14> 『主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。』

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「すべてを超えた道」

 どんな時代になっても「良いものは良い」、そんな言葉が聞こえてきそうです。丈夫で実用的な帆布製のバッグや小物は、流行に左右されずに使えるおしゃれなアイテムですが、その帆布の元祖といえるのが江戸時代に生まれた「松右衛門帆」です。その日本最古の帆布の復元を高砂物産協会が神戸芸術工科大学の協力により成功をして製作したバッグが人気を集めています。

 「松右衛門帆」を発明したのは、現在の兵庫県高砂出身で江戸時代に海運業で活躍した工楽松右衛門。松右衛門は、舟の帆の改良に工夫を重ね、当時としては画期的な頑丈で操作が容易な厚手幅広の一枚布を織り上げる方法を考案。この新型織帆は、「松右衛門帆」と呼ばれ瞬く間に全国に普及し、北前船をはじめとする江戸時代後期の海運業の発展に貢献しました。まさか、時代を経てバッグにされるとは、松右衛門さんも当時の幕府も想像ではできなかったでしょうね。

 人は「こうしてやろう」、「ああしてやろう」と人間的な計算を立てます。しかし、人の計算の通りにはいきません。人の目に見えている事は限定的な世界であり、そこからいくら計算をしても想定があって当然なのです。しかし、その想定外が起こる事に目を向けない事は人のおごりであり、傲慢であると言えるでしょう。つまり、神様を認めて委ねる中に謙遜の道があり、その道にだけ神様の豊な恵みと勝利を見る事ができるのです。

 「策士策に溺れる」と言う言葉がありますが、私たちの人間的に持つ策はプラスに働くのではなく、自分を縛ったり、せっかくの恵みを受け取れなくしたりしてしまいます。下手な策ではなく、神様に従う道を選ぶ策こそが一番の得策です。そして、その策は主なる神様が私たちを超えて働いて下さり、勝利に繋がる策となるのです。主は想定外の出来事さえも想定する事ができる方です。

 私たちは人の限界の中で、限界のない信仰によって主に生かされる道を知っています。あなたの支配を神様に委ねて信仰によって歩む道です。自分の感情や思いを制して、神様の従う道です。そこには、信仰によるベストの道があります。すべてを超えた主が導いて下さるからです。主に従いましょう!

〈詩篇55:22〉 「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。
         主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。」

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「実際と机上の算出との違い」

 人はもっとこうしたら効率よく進める事ができる、生産性を高める事ができると考えますが、その計算は机の上だけで成り立つ計算であり実際にはその通りにならない、思うようにいかない事が多くあるのではないでしょうか。

 「働きアリの法則」というものがありますが、100匹の働きアリは、そのうちの2割が良く働き、6割が普通に働き、2割が全く働かない状態となり、これが人間の実社会における集団においても当てはまることから、この20対60対20の状態を「働きアリの法則」と呼びます。

それならば、働かないアリ2割を取り除けば、よく働く精鋭の集団になると思われるかも知れませんが、働かないアリ2割を実際にそこから取り除くとどうなるでしょう?すると、残った8割のうち、2割が良く働き、6割が普通に働き、2割が再び全く働かないようになるのです。いつも「2:6:2」の比率になるのです。

しかし、最近の研究でアリの集団が長期間存続するためには、働かないアリが一定の割合で存在する必要があるとの研究成果を、北海道大の長谷川英祐准教授らが、英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表しました。長谷川准教授は、「普段働かないアリがいざという時に働いて、集団の絶滅を防いでいる」と話しています。

 これまでの研究で、アリの集団には常に2~3割、ほとんど働かないアリが存在することがわかっていますが、働くアリだけを集めても一部が働かなくなり、働かないアリだけを集めると一部が働き始めるなど理由はナゾでした。しかし、チームは様々な働き方のアリの集団をコンピューターで模擬的に作成、どの集団が長く存続するかを調べた結果、働き方が均一な集団よりも、バラバラの集団の方が長く存続する事がわかったのです。そして、働くアリが疲れて動けなくなった時、普段は働かないアリが代わりに働き始めるのです。つまり、働きアリの法則は自分たちが守られるために、必要な習性であったのです。

 一見、すべてのアリが働けば効率も上がり、生産性も高くなるように思いますが、それは机上の計算であり、集団として長く存続するために、小さな小さなアリの中にも、こうした習性を神様は与えて下さいました。アリたちは、自分たちで考えて計算をして役割と決めているわけではないでしょう。しかし、アリたちが守られるように、神様は本能的に習性としてアリたちに与えられたのです。

それでも「働かないアリがいる」、これを私たちが見た時に、無駄と感じるのではないでしょうか。もっと生産性を高く、もっと効率よく進めるためにフルにアリたちを働かせようとするような行動をとってしまう、そのような考えを現代人である私たちは持ってしまい易くはないでしょうか。人には人に与えられたペースがあります。そして、人には人になくてはならないものがあるのです。

 聖書には、人にとっての必要が書かれています。そして、人とはどのような存在であるかを知る事ができます。机上の計算ではなく、実際がどのように造られたのか、神様のご計画を知る事ができます。だからこそ、どのように歩んだらよいかを知る事ができ、あなたらしさを知る事ができるのです。聖書は、あなたと無関係ではありません。

あなたらしさは、主なる神様からのものであり、あなたの本当の人生の喜びは神様から来るのです。すべてを造られた神様によってあなたも創造されたのです。その意味や目的を知るなら、どれほど確信を持って毎日を過ごす事がでいるでしょう。あなたの人生には大きな意味を知る事ができます。その答えは、聖書に聞く事にあります。

 〈マタイ6:33〉
『だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。』

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「本当に評価されるべきクリエーターは?」

 米ハリウッドの商工会議所は、米国の漫画「ピーナッツ」に登場する人気キャラクター「スヌーピー」がハリウッドの殿堂入りをしたと発表しました。スヌーピーは、故シュルツ氏が1950年から新聞で連載を始めた「ピーナッツ」の主要キャラクターのビーグル犬で、商工会議所によると、漫画は約75カ国の3億5千万人以上に読まれ、アニメも人気を博しました。

スヌーピーの殿堂入りは2563番目で、ハリウッドの目抜き通りにはスヌーピーの着ぐるみが登場し、名前入りのプレートを埋め込むイベントが開かれ、他に漫画やアニメのキャラクターとしては、ミッキーマウスやドナルドダック、犬としては、名犬ラッシー、リンチンチンなどの有名な仲間たちの中に、スヌーピーの名前も加わりました。

 スヌーピーファンや関係者は、大きな評価に喜んでおられると思います。評価される事は嬉しい事ですが、決して一番初めに来るものではないですよね。スヌーピーの産みの親であるチャールズ・モンロー・シュルツ氏は、「イエスキリストと人々の仲介者、即ち橋渡し役でありたい」という志を持ち、スヌーピーの新聞連載に挑んだと聞いた事があります。決して、人からの評価を求めたのではない事がわかります。

そして、作品作りの中で、「ひどく悩んだり心が落ち込んだりした時でも、そこから立ち直る事ができたのは神様のおかげだった」と作者自身が証しをしています。若い頃にイエスキリストに出会い、聖書の真理こそ本物だと信じ、スヌーピーのお話の中でユーモアたっぷりに聖書にあるキリストの愛と永遠の命の世界を紹介しています。

 神様により走るべき行程を走り通した先に、シュルツ氏は人による大きな評価を受けました。しかし、これはシュルツ氏によるのではなく、神様によって導かれて力を受けてなされたモノですから、神様に対する人の評価だと言えます。ですから、シュルツ氏以上に神様が賞賛されるべきなのです。

 創造主なる神様は太陽を、星を、海を、宇宙を造られたのは神様です。そして、わたしもあなたも、神様は創造して下さったのです。偉大なるクリエーターに対する評価を私たちはどの程度しているでしょうか。クリエーターという言葉は、無から有を生み出す方にのみ使わることばです。人の場合は、どれだけ優秀な人であっても有るモノからの想像ですからクリーエートではなくアレンジだと言えます。

すべてを造られたクリエーターを知り、まず創造主なる主に大きな讃美をささげていきましょう。主こそ讃美を受けるべきお方です。心からの讃美と感謝をささげていきましょう!いつも、ここから初めの一歩がスタートします!ハレルヤ!!

《イザヤ 40 : 28 》 
『あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。』

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『恵みにより愛を知る』

 人生の中に色々な場面があります。最悪の状況の中で最悪の選択をするなら、それこそ最悪な毎日になってしまう事でしょう。ですから、簡単な事ではありませんが、置かれた状況はどうあれ、感覚的に反応してはいけないと感じます。人生の最も最高であるはずの日が最悪と変わった時、あなたなら、どのような行動をするでしょう。

 米カリフォルニア州で、花嫁になるはずだったデュエイン・クインさんは、予定していた結婚式を、直前になって婚約者にキャンセルされました。約420万円かけた結婚式の手付金は既に支払い済みで、クインさんと母のカリさんは、結婚式を中止して食事を無駄にする代わりに、ホームレスの人たちに食事を楽しんでもらう事にしました。

招かれた人たちは、披露宴の招待客120人のために用意された高級レストランのフルコースを楽しみ、ある5人の子どもたちに十分な食事を食べさせようと毎日苦労している夫婦は、「自分にとってとても大切なものを失いながら、それを人にあげられるなんて、素晴らしい思いやり」と感謝の言葉を口にしました。最悪の中で最高の行動をしたクインさんには是非とも幸せになって欲しいものですね。

招かれたホームレスの人たちにとって、クインさんの最悪が最高の機会となりました。しかし、恵みとはこうした誰かの痛みによって受ける事ができると感じます。それは、「誰かが代価を払ってくれた」からこそ、恵みとして受け取る事ができるからです。

世の中では、「タダより高いモノはない」と言われますが、誰かが払った代価を別の形で後で高く求められる事を知っているからタダのモノに対して警戒をしますが、恵みの場合には、後で請求されるようなモノではなく、与える側の好意により得る事ができるのです。

 イエス様の恵みによる救いも私たちにかかっているのではありません。また、後から代金を請求される事もありません。しかし、その恵みは何にも代えがたい最高のプレゼントです。その恵みを受け取る事は、与える側の好意に甘えるだけでしかありません。ですから、「恵み」という言葉は、ギリシャ語で「カリス」と言いますが、その意味は、(神様からの)恩恵、好意、親切を表しています。

つまり、恵みを受け取るために信じて受け取る必要があります。だからこそ、与えてくれる神様の愛や優しさ、思いやり、ご性質を知る事ができるのではないでしょうか。イエス様はどれほど良い方でしょう、どれだけ愛に溢れた方でしょう。そして、あなたへの愛を持っておられる事でしょう。あなたは、恵みにより神様の愛を知る事ができます。イエス様を信じて恵みにより、知る事ができるのです。ハレルヤ!!

〈ローマ3:23〜24〉
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受ける事ができず、
ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いの故に、価なしに義と認められるのです。』

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『愛する人を幸せにするために』

 「自分が良い」と、思っている事が必ずしも「良い」とは限りません。ましてや身近な人を不幸にしているなら、どれだけ悲しい事でしょう。独りよがりではいけないと感じさせられる事があります。

 米自動車メーカーのフォードが欧州で子どもを対象に実施した実態調査があります。調査はフランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国の5カ国で7~12歳の2002人を対象に実施。車に乗せられていて不快に思う事や、子どもの目から見た親のストレス対処法について尋ねました。

その結果、子どもたちが車中で最も不満に感じている事の筆頭は、「親の歌声を我慢しなければならない事」でした。親の歌については、英国の子どもの39%が嫌いな事の第一位に挙げるなど、フランスを除くすべての国で特に嫌われる行動にランクされました。

ちなみに、子どもが尋ねる質問の筆頭は、「まだ着かないの?」でした。どんな親御さんの歌声か聞いてみたいのですが、きっと子供のたちにとり、歌が上手い下手は関係がなく、ただ聞きたくないのかも知れませんね。

 知らない所で子供に我慢して貰っていたとは、何だか笑うに笑う事ができませんが、子供は弱い立場で大人のような能力も経験もないため、子供には迷惑をかけられていると思いがちですが、以外に子供に我慢して貰っている事が多くあるのかも知れません。

また、子供との関係だけでなく、夫婦や会社組織、仲間の中でも、自分はみんなのために良い事をしているつもりでも、かえって迷惑だったり、我慢して貰っていたりするのかも知れません。裸の王様みたいで悲しいです。

 人は他の人の心の中を覗く事はできません。しかし、自分自信の心は知る事はできます。

もちろん、肉の私たちは自分本位ですから、主の力をお借りして自分の心を教えて頂くのです。そして、いつも主を目の前において謙遜にある事の大切さを感じます。この謙遜さを失う所に高慢はあり、自分の思い込みや自分だけの喜びになってしまうからです。

 人とは、どれほどバランスを取るのが苦手でしょうか。しかし、主を目の前に置くなら、神様にある最高のバランスへと変えられていきます。主は最高のバランスを知っておられ、私たちを導いて下さいます。それは、あなたにとってベストであり、あなたの愛する人にとってもベストの選択です!だからこそ、愛する人を幸せにする事ができるのです。ハレルヤ!!

〈箴言3:5〜6〉
『心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。』

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「あなたらしさが向上するために」

 面白い試みです!多治見市では、美濃焼の地として陶芸家を育み、支える環境を整え、定住促進や技の伝承を図るために、陶磁器意匠研究所の在校生や卒業生らを対象に、作品を焼く窯やろくろを備えた住居を貸し出す方針を打ち出しました。

物件は使われていない工場や空き家を想定しており、これから改装して提供するオーナーを募り、市がオーナーに家賃を補助する格好で陶芸家を育てて行くことを決めました。良い影響を与え合う事ができると良いですね。

 昔、トキワ荘という古いアパートに、漫画家を目指す人たちが集まったと聞きます。そして、その人たちは互いに刺激しあって成長していきました。

その中には、手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎など、名だたる人々が起こされていきました。この陶芸家版トキワ荘もただの伝統を受け継ぐだけでなく、後に影響を与える人たちが出てくると良いですね。

良いものを残す事は大切な仕事です。その為に、費用をサポートする事も重要ですが、何よりも集まる人たちの熱意や思いが、どこまであるかにかかっています。ただのシェア・ハウスでは意味がありません。それを継承する人たちにかかっているのです。

 トキワ荘で漫画家を目指す人たちは、誰からもサポートを受けておらず、貧しい暮らしの中にありましたが、互いに良い影響を与え合いました。今の時代に果たして互いに成長し合うだけのコミュニケーションや人間関係を持つ事ができるでしょうか。一つの箱に入れば、良い結果が生まれるようなマジック・ボックスはありません。

どこに行っても、何をしても、最後はその人の質にかかっています。ですから、技を残すことだけでなく、人としての質を向上させる事の大切さを感じます。これは、陶芸の世界だけではないと言えるでしょう。外側だけが準備されれば良いのではありません。整えられる必要があるからです。

 聖書のことばの中に、「それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。」(エペソ4:12〜13)とあります。

 イエス様を信じる者は信じて歩む中で神様が整えて下さいます。そして、そのために教会があるのです。この整えるは、ギリシャ語で「カタルティスモス」が使われており、もともとは医学用語で骨を折った時、添え木をあてて治療することを表わします。つまり、壊れたものを繕って下さり、霊的に不健康な人が健康を取り戻すことができることを教えているのです。

壊れているから間違った道に生きてしまった私たちを、神様が繕って下さるからこそ、本当に正しい道を知り、歩むことができるのです。本当のあなたの人生に歩むことができるのです。

そのカギはイエス様を信じて受け取ることです。情報としてたくさんの知識を持つことではなく、分析したり、社会的な常識と照らし合せて答えを出すことではありません。

イエス様があなたのために十字架に架かり、死んで下さった。そして、墓に葬られた後に三日目に甦って下さった。この福音を信じる者は救われると聖書は教えているのです。そしてその恵みの中で整えて下さるのです。

 イエス様は、本当のあなたとして回復して下さいます。あなたの生まれた意味や人生がここにあります。世の愛は冷えて行き、益々、問題の多い大変な社会になって来ています。しかし、その中でもあなたがイエス様を受け取るなら輝いて歩むことができます。神様の愛を受け取りましょう。イエス様のうちに、その愛はあります。

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“ 戦力としての役割 ”  

 2014年のプロ野球はソフトバンクホークスの日本一で幕を閉じました。その光とは対照的な形で陽の目を見ず、活躍できなかった選手たち120名に容赦なくチームから戦力外通告の知らせが届いています。

現役を諦めきれずに、トライアウトを受けて別のチームからオファーを待つ者や全く野球とは関係のない別の仕事に就く者など、進路は様々です。その宣告を受けた選手たちは、子供の時から天才と評されて、幼き頃より注目を浴びた選手達ばかりですが、この季節になるとスポーツ記事を読む度、プロの世界の厳しさをつくづく感じさせられます。

 チームにとって、活躍できない選手は必要がありません。もっと、チームが強くなるために、良い選手をチームはお金を出して集めていきます。プロスポーツにとって、チームの強さは欠かす事ができないモノだからです。そこでは、人の性格や優しさは関係がありません。必要なモノは結果です。

プロの選手たちに一番求められるモノは結果がどうであるかなのです。それは、皆さんのお仕事にも言える事かも知れません。どれだけ仕事ができるかが会社にとっては大切であり、仕事さえしっかりしていれば、後は関知しないのが社会と言えるかも知れません。

 聖書の世界ではそれだけではありません。勿論、与えられた職業の中で、プロとして真剣に仕事に取り組む事は重要なです。しかし、それだけでなく、「会社の中でどのようであるか」と言った心の態度がとても大切なのです。

例えば、それは朝に気持ちの良い挨拶をする事にあるかも知れません。挨拶を通して、心に灯を届ける事ができるからです。また、周りの人たちが気持ち良く仕事ができるように配慮する事にかも知れません。そうするなら、良い流れが会社に表されます。

目には見えない戦力としての働きが毎日の中にあります。そのために、あなたは毎日の中で派遣されているのです。
どのような役割があなたにはあるでしょうか。たくさんの新たな仕事を見つける事ができるのではないでしょうか。

それは、評価されにくかったり、給料に反映されないかも知れません。しかし、あなたは自分自身で神様から任されている事に気が付くはずです。そして、多くのやりがいや充実感を毎日の中で手に入れる事ができるのです。

あなたは貴重な戦力となる事ができます。それは、毎日の中で気付く事ができるからです。聖書は、あなたに新しい見方や考え方を気付かせてくれます。

〈マタイ5 : 9 〉
「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。」

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“ 選択によるエネルギーの使い道 ”  

 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者は、グレーのTシャツばかり着ています。

しかし、本人はファッションセンスがないためとは思ってほしくないようです。それには理由があるからです。自分の服選びの選択肢をなくす事で、多くの利益を株主に還元したいからだと説明しているのです。

つまり、小さなエネルギーでも無駄にしたくはない。重要な物事を決めるために集中したいと言っているのです。

たかだか服を選ぶ時間と考えてしまいますが、ザッカーバーグ氏は、服装にこだわらないという自分の主張が研究でも裏付けられていると指摘をしているのです。まさに、プロ中のプロが突き詰めていった答えと言えるコメントですね。

 日常の中で私たちは、些細な事にエネルギーを費やしてしまいます。もちろん、服装を選択する事は悪い事ではありません。しかし、細々とした本質ではない事にこだわり過ぎて疲れてしまう事はないでしょうか。

あまり、意味のない事を真剣に考えたりする事があります。だから、あえて本質以外は気にしない選択をする事は、物事を集中させるためにとても重要な事です。

本当に大切な事を見極めて集中するエネルギーを保つ事ができるからです。あなたにとって、大切な事は何でしょうか。その大切な事に気がつくためにも、シンプルにする必要があります。

 イエス様は「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」言われました。これらと言うのは、私たちにとっての必要です。

イエス様を信じる者は、必要ならば神様が与えて下さるのです。それが聖書の約束です。神様は約束して下さっているのです。しかし、自分で得るかのように一生懸命になったり、力んだりしてしまう事はないでしょうか。

もし、間違った所に力が入ってしまっているなら、神の国と神の義を第一にしていないと言えます。だから、間違ったスイッチが入り、確信がないまま、ぼんやりと繰り返し同じ失敗をしてしまうのです。

イエス様を信じる者の確信のスイッチは、神の国と神の義を第一にして行く事にあります。それは神様を愛する事を第一に選択する事です。大事なモノは多くはありません。いや、ひとつだけです。あなたは何を第一にするでしょうか。

〈マタイ6 : 31 〉
「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。」

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